コロナ禍で多くの生産者や販売店が窮地に立たされている中、地域のためにお寺には何ができるのでしょうか。地方の門信徒が生産した特産品を、都会の門信徒が共同購入する。そんな、地方と都市を結ぶ仕組みづくりが、同時に地域の人とお寺とのつながりを生み出しています。こうしたお寺を通じた「おとりよせ市場」を実践する神奈川県川崎市にある髙願寺(こうがんじ)住職の宮本義宣さんにお話を伺いました。
オウム事件から考え始めたお寺の存在意義
――おとりよせ市場をはじめたきっかけはなんですか
地下鉄サリン事件などを引き起こしたオウム真理教信者が発した「お寺は風景でしかなかった」という一言は、私にとってとても衝撃的でした。「お寺は仏事のときにしか行かないなあ」という声をときどき聞きます。確かにほとんどの人は、用がなければお寺に行くことはないでしょう。きっと、日常的にお寺に行く用事があれば、お寺と日常生活のなかで関わりが生まれ、お寺の存在が地域の人たちにも意味あるものと思ってもらえます。
そのようなことを考えていたとき、お寺でいただくお斎に使う割り箸を購入しようと思い、再利用可能なちょっと高級な割り箸を生産販売している奈良県吉野のお店をネットで見つけて注文しました。すると、すぐに注文先から電話がありました。「ご注文ありがとうございます。私も門徒です」と。生産している門徒さんにそんなに喜んでもらえるなんてと思いました。
私は、これまで各地のお寺に伺う機会に恵まれてきました。その土地その土地に特産品があることを知るきっかけにもなりました。なかには、地産地消されていて、その存在すら知らなかった特産品にも出会いました。そこで、各地の門徒さんが生産するものを都市部のお寺が購入する仕組みを作れないだろうかと考え始めたのが、おとりよせ市場の仕組みを考えたきっかけでした。おとりよせ品を通じて、お寺に小さなコミュニティができていくとよいと思っています。
茨城県常教寺の門徒さんが作る干しいもの制作風景。 干しいもは寒風に触れるほど甘みが増すそうです。
都合がよいときに、お寺に取りに来てもらう。新しい形の「お取り寄せ」
――おとりよせ市場の仕組みを教えてください
おとりよせ市場は、会員制です。現在100名ほどの方が会員登録してくださっています。だれでも無料で会員になれますので、髙願寺所属の門信徒だけではありません。会員には、メールでいついつこういうものを取り寄せますとお知らせし、おとりよせ品の説明や生産者の想い、ときには紹介くださった住職さんのコメントをつけて会員に配信いたします。気に入ったものがあればネットで注文してもらいます。「旬を新鮮に美味しくおやすく安心を」をモットーにお届けしようと思っています。数量が限られているものは、すぐに売り切れになることもしばしばです。
おとりよせ品が届く日時を事前にお知らせし、都合の良いときにお寺に引き取りに来てもらい、手渡しいたします。おとりよせ品によっては、生産者から直接配送していただけるものもあります。髙願寺の近くにお住まいでない会員は、そういうときにだけ購入されている方もいます。
おとりよせ品は、生産している地域のお寺の住職さんに相談しています。するとかなりの割合でそのお寺の門徒さんに生産者がいます。住職さんにおとりよせ市場の仕組みを説明し、情報をいただき、生産者につないでもらいます。
この仕組みを成り立たせているのは、各地のお寺の存在がとても大きいと思っています。お寺は生産者と購入者をつなげるだけの役割ですが、「うちの門徒さんがつくる〇〇を、とても美味しいからぜひ食べてもらいたい」と言って、汗をかいてくださいます。各地のお寺が、おとりよせ市場の趣旨をすぐに理解し、二つ返事でご協力いただけるのは、浄土真宗がこれまで培ってきた「御同朋御同行(おんどうぼうおんどうぎょう)」の精神性によるものだと思っています。
長野県正行寺の協力によるコシヒカリ(玄米)。住職 の同級生でもある門徒さんが育てています。
乗船寺がある鹿児島県は、空豆の産地。2月~3月 が旬で全国の90%のシェアだそうです。
お取り寄せを通じて、門徒さんと門徒さんを結ぶ
――今後の展望はどう考えていますか
おとりよせ市場の仕組みは、髙願寺ならではというわけではありません。ぜひ、いろいろなお寺が参画してくださることを願っています。実際に、おとりよせ会員には、お寺の住職さんにもなっていただいています。門徒さん(生産者)と門徒さん(消費者)をむすぶ役割がお寺にもあったことに気づかされました。いまでは、一年を通じて多い月には2つ3つのおとりよせ品を扱っています。
それぞれのおとりよせ品にはエピソードがあります。そのいくつかを紹介いたします。
おとりよせ市場おとりよせ品第1号は、山梨県塩山の願正寺の甲州ブドウでした。お寺にぶどう園があってお寺で作っていることは以前から知っていました。築地本願寺に奉職している長男さんにお願いしてみたところ、ぜひぜひとのことですぐに話がまとまりました。「うちの住職は、ブドウ作りにはこだわりを持っていてね」とは坊守さんからお聞きしました。確かに美味しくてしかも安い。一度食べた人は翌年も楽しみに待っています。年々注文が増え、贈答で送りたいという方もおられます。
関東に暮らす方で、とても栄養豊かな海で育つ播磨灘の牡蠣やアサリがとても美味しいと知っている人は少ないのではないでしょうか。地元の住職が美味しいから是非食べてみてと送ってくださったのが始まりでした。豊かな海で育った貝の成長がとても早いので、美味しくてとても安いのですと地元住職が教えてくれました。
長野の飯山は、冬の間は雪で埋まります。雪解けした5月、アスパラガスが芽を出し始めます。北海道のアスパラも美味しいけど飯山のアスパラもすごく美味しいからと紹介してくださいました。その美味しさは雪深いことと関係しているそうです。
この取り組みを知ってくださった他宗派の住職さんから、参画したいという申し出もいただきました。とてもありがたいことです。
山梨県願正寺の葡萄畑で作られているのはシャインマス カットとピオーネ。住職家族総出で育てています。
播磨灘は、瀬戸内でも有数の栄養豊かな海です。そこで育つ牡蠣やアサリは、瀬戸内でも有名だとか。 赤穂・坂越の妙道寺の門徒さんが育てています。
雪深い長野飯山のアスパラガス。5月の連休が明けた頃、 一斉に芽をだします。協力寺院は、長野県正行寺。
自然の恵みや食育の大切さを知らしめる機会としても活用したい
ーーおとりよせ市場をしていて、感じていることはありますか
ここで紹介しきれないほど、各地の名産品を地元住職に教えていただき、おとりよせ品で紹介してきました。現在およそ20 品目を超えています。それぞれに旬があり、会員の方々から「そろそろ〇〇ですね。今年も取り寄せしますか」と声を掛けられることもあります。
生活のなかで、今年もこの季節になったと、季節を知り、旬を知ることは、生きていることを実感できることだと気づかされました。また、私たちが食べているものは、自然が育んでくれているものなので毎年同じというわけにはいきません。豊作の年もあれば、凶作の年もあります。魚介類は特に影響が強いと感じます。余計に自然の恵みを実感します。
そういえば、お寺の行事は、歳時です。お寺の行事も生活のなかで季節を感じさせ、生きている実感を共有してきたのかもしれません。私が住職を務めているお寺の周辺では、最近子育て世代の若い方が増えてきたように感じています。境内を通る親子や境内で子どもを遊ばせる親子をよく見かけるようになりました。地域の子育て世代の家族にも、ぜひ「おとりよせ市場」を利用して欲しいと思いますし、「食育」の大切さを伝えられたらと思っています。
そして、お寺が日常生活のなかにあって、季節を感じ、生きる実感をもち、食育の大切さも知ってもらえることで、心豊かに生きていくことをお寺から伝えられたらよいのではと思っています。