どこか閉塞感を感じてしまう日常でも、いつも隣で寄り添ってくれるのが音楽の力。今回は、本誌編集委員や築地本願寺職員が選ぶ「前向きな気持ちになれる歌」や、宗教と音楽の関わりなどをご紹介していきます。
あの頃の夏の情景を思い出す、不朽の名曲
「少年時代」井上陽水
一瞬を集めた詞が歌となったとき、見事に調和して心地よさに包まれるのは井上陽水さんならではですね。聞くだけで夏の情景が浮かび上がり、かつての苦い思いもすっと広がっていくから不思議です。でも辛さではないですね。苦さが豊かさに変わっていくという感じです。
思えばあの頃は何も持っていませんでした。でもそのまま感じ取れる素敵な環境にいたのでしょう。今は持ちきれないほど持っています。物も立場も人間関係も。振り回されてばかりの私ですが、本当は今、大切なものに囲まれているのだろうと感じます。
見えなくなったものに対する切なさもあり、幸せな気持ちにもなれる、夏にぴったりの曲です。(藤本)
聴くたびに、「これで大丈夫」との想いがよぎる
「朝が来た!」真心ブラザーズ
NHK Eテレの番組『0655』(月~金、6時55分~7時)のオープニングソングです。ボブ・マーリーの「Soul Captives」を、真心ブラザーズがアレンジしました。明るい曲で、歌詞を聞くと陽ひが明るく射さしている様子が浮かんできます。
さらに、歌詞の中で「だから大丈夫」と歌われていて、私はここが特に気に入っています。実はこの言葉、前後の歌詞と関係なしに唐突に出てきていて、大丈夫な理由が説明されていません。でもその分いろいろなことを想像でき、曲の明るい雰囲気と相まって、「これで大丈夫だ」と思えます。(多田)
あなたより、あなたを思う方がいる
「You’ve Got a Friend」 Carole King
ジェームス・テイラーのカヴァーが有名ですが、原曲はキャロル・キング。本曲のタイトルはよく「君の友だち」と翻訳されます。「あなたが落ち込んでいるときや寂しいときは、私の名前を呼んでください。すぐに駆けつけます。あなたにはそんな友だちがいます」(私訳)という歌詞は、浄土真宗に少し通じる気がします。
きっと読者の皆さまにも友人や家族、恋人など「名前を呼んで、顔を思い浮かべるだけで支えになる」という存在があるかもしれません。阿弥陀如来という仏さまもまた「南無阿弥陀仏」の名前となって私たちの元に駆けつけて寄り添ってくださる存在です。落ち込んでいるときや寂しいときは、ぜひ「なまんだぶ」とお念仏を申してください。(横内)
人生は、でこぼこな日々の積み重ね
「ありがとう」いきものがかり
2010(平成22)年、水木しげるさんの奥様、武良布枝さんの自叙伝『ゲゲゲの女房』を原作としたNHK の連続テレビ小説が放送されました。その主題歌が、いきものがかりの水野良樹さんが作詞・作曲された「ありがとう」です。
歌詞の中に「でこぼこなまま積み上げてきたふたりの淡い日々はこぼれたひかりを大事にあつめていま輝いているんだ」という一節があります。人生は思い通りにならないことも沢山起こります。水木さんは戦地で片腕を失い、復員後に貸本の漫画作家として生計をたてますが、様々な苦難に遭います。整えられずにでこぼこなまま積み上がった出来事が、共に歳を重ねた夫婦が来し方を振り返った時ほのかな光を放つ。素敵な歌詞だと思います。ちなみに、水木さんのお墓は調布にある浄土真宗のお寺・覚証寺にあり、お墓の門柱には鬼太郎や目玉おやじたちの石像が飾られています。(酒井)
古くても、いいものはいい
「世界は二人のために」佐良直美
わたしは今凄く、感動しています。人生33年目にして、佐良直美さんの歌に出会えて本当によかったと、感動しています。10代半ばから世界中の音楽を聴き漁ってきたわたしが無意識のうちに探し求めていた歌はこれだったんだ!と。
佐良直美さんの「世界は二人のために」がリリースされてから今年で54 年経ちますが、古くてもいいものはいいのです。歌唱力と曲の良さは圧倒的です。あの深みのある低い伸びやかな歌声が私の心の深いところを震わせます。当時の紅白歌合戦なんかをYouTubeで見ていると、佐良さんの歌っているときの笑顔もまた本当に素敵で、見ているこちらの笑顔も止まりません。あぁ、愛おしいです。(今野)
誰もが誰かを生かし、誰かに生かされている
「彩り」Mr.Childre
「仏教を5分で教えてください」と乞われたら、私はとりあえずこの曲を差し出します。仏教のエッセンスが詰まっています。仏教の柱は「縁起」です。「縁起」とは「つながり」です。誰もが誰かとつながっている。誰もが誰かを生かし、誰かに生かされている。独立しているものは何もない。にもかかわらず、独立している、あるいは、孤立している、と考えてしまうところから、苦悩や不安や憎悪や絶望が生まれると考えるのが仏教です。それを日常の風景から描き始め、順々に地球の果てまで思いを巡らせ、すんなりと目の前の具体へとこの曲が着地してしまえるのは、力技によるのではありません。それが真実だからです。(松本)
野球部員たちの笑顔が浮かぶ『ROOKIES』主題歌
「キセキ」GReeeeN
2008年のドラマ『ROOKIES』主題歌。この曲を聴くと、不良野球部を立ち直らせた先生役の佐藤隆太と、傷だらけの顔をした部員たちの笑顔を思い出し、目頭が熱くなります。
さて、『ROOKIES』の原作マンガを描いた森田まさのりさんは浄土真宗本願寺派のお寺の長男ですが、「大学に行ったと思って4年間時間をください」と住職にかけあい、見事4年で連載をもぎ取ってプロになったという、まさにマンガのような逸話を持ちます。森田さん公式Twitterの固定コメントに「初めての絵本『とびだせビャクドー! ジッセンジャー』本願寺出版から発売中!」と書いてくださっているのが本願寺出版社関係者としては嬉しいところですので宣伝させていただきます。(星)
バックビートに乗って高まる「感謝」
「感謝(驚)」フィッシュマンズ
8月といえば夏休みだが、暦ではもう秋を迎える。「秋来ぬと目にはさやかに見えねども風の音にぞおどろかれぬる」のおどろくは、「びっくり」するモーションより意外な事に気づいてハッとする心象を示す。この曲のタイトルにある「(驚)」も、こちらの方が親しい。
仲間と共有できる、楽しくてたまらない時間は長く続かない。誰かを約束でつなぎとめれば寂しさなんて容易く消せるのに、空しいとわかっているからしたくない。そんな自分を憐れみもせず評価もしない、かと言って励ます事もなくいつものままで、ただ見守ってくれる人がいた。その気づきが、バックビートにのせられ感謝へと高められていく。(小柴)
映画『恋する惑星』が描いたワクワク感がそこに
「夢中人」王菲(フェイ・ウォン)
香港映画『恋する惑星』の中で、ハンバーガーショップで働くフェイが恋に落ちた相手は、失恋したばかりの警官。その警官の部屋の合鍵をひょんなことで手にしたフェイは、彼の部屋に忍び込んで掃除したり、水槽に金魚を足したり、前の彼女が置いていった物を新しく変えたりし始めます。フェイが密かに部屋の中で動き回るバックで流れるのが、この『夢中人』。あと3年で中国に返還される香港を舞台に、恋愛や自由を求める思いがこの曲に乗って画面一杯に広がるのは、ほんとワクワクさせてくれました。ということでアイルランドのバンド・クランベリーズによる「Dreams」がオリジナル曲ですが、フェイ・ウォンバージョン推しです。(枝木)
W杯の大歓声を想起する明るいメロディー
「FIFA Anthem」 作曲:フランツ・ランベルト
「FIFA Anthem」(フィファ・アンセム)が好きだ。FIFA(国際サッカー連盟)が主催するサッカーワールドカップ(W 杯) などで選手入場時に使用されてきた。この曲を知ったのは1994 年W杯アメリカ大会。満員のスタジアムに選手が入場。大きな歓声とともに明るく爽やかな曲。かっこいいと思った。
どうしても手に入れたくなり、FIFA 本部に直接FAX で連絡。2週間後、CD が送られてきた。きめ細やかな対応に大変感激。非売品であったので御礼の寄付をし、何度も何度も再生した。
ただ、今は使用されていない。2018W 杯年ロシア大会から、新たなアンセム「Living Football」が制定されたからだ。非常に残念であるが、あの明るく爽やかなメロディーは、今後も多くの人を魅了すると思っている。(東森)