近年、耳にする機会が増えた「ダイバーシティ(Diversity)」という言葉。これは、日本語で「多様性」を意味し、性別や年齢、人種や国籍などいかなる属性があろうとも、誰一人差別されることなく、尊重される社会をめざすという考え方です。築地本願寺ではダイバーシティの概念を実践すべく、数多くの取り組みを行っています。なぜ、浄土真宗のお寺でダイバーシティを推進するのか。また、具体的にどのような取り組みを行っているかについて、前後編でご紹介します。
Q より多くの方に門戸を開くため、築地本願寺が行っている具体的な取り組みを教えてください。
現在、築地本願寺で行っている代表的な取り組みのひとつが、「場の開放」です。まずは、み教えに触れる前の段階として、お寺と気軽に接点を持てる機会を増やすことが大切です。そこで、境内・敷地内にカフェやブックセンター、仏具やお土産を売るオフィシャルショップなどを設置し、「お寺に参拝する」以外の目的の方にも立ち寄れる施設を作りました。その結果、日頃はお寺に足を運ばない方々が、ふらりと立ち寄ってくださる機会も増えたように思います。
あと、一般の方がお坊さんに気軽に相談できるように、「よろず僧談」や「僧侶相談」という取り組みも行っています。昨今、お寺の存在が希薄になりつつあるなか、「困ったときに頼れる場所=お寺」という選択肢を持たれづらい一方、コロナ禍で心に不安や悩みを抱える人が増えています。そこで、私たちが設けた相談窓口を通じて、気持ちや愚痴を吐き出していただき、少しでも前向きな気持ちになれる方が増えればと考えています。また、窓口に立つ僧侶たちに向けたカウンセリングの研修も随時行い、相談者の方に寄り添うことができるようにと日々努力しています。さらに、広い本堂で心静かに座ることで、自分自身を見つめ直すきっかけになったとのお声も寄せられています。
Q 体が不自由な方も参拝しやすくなるようにと、工夫している点はありますか?
築地本願寺の施設は、どんな方でもご利用できるユニバーサルデザインをめざして、専門家の方に検証していただき、まずはスロープの手すりをつけるなどの改修を行っています。そのほかにも、「車椅子ユーザーにとって、この案内表示では位置が高すぎて見づらい」「スロープが急すぎるし、手すりが不十分」「段差がわかりづらい」など、たくさんのご指摘をいただき、順次改修を進めています。
特に、専門家の方に指摘されて心に残ったのが「施設の設備や表示よりも大切なのは、スタッフ一人ひとりが心を開き、どんな方でもオールウェルカムな状況を作ることです」という言葉でした。どれだけ設備を整えても、職員の心が来訪者の方に寄り添っていないと、「心の段差」が生まれてしまうのです。
設備やサービスなどの「外側」を整備するだけではなく、「来訪者の方を見かけたら、より一層誠意を尽くして、ご対応する」という、私自身も含めた職員たちの「内側」の意識改革を促せるよう、日々お声がけするように心がけていきたいと思います。
Q 築地本願寺では、LGBTQについてはどうお考えですか?
築地本願寺では、どんな方にも門戸を開き、人生の節目に関わらせていただきたいという想いがあります。2016年に同性カップルの方の挙式を行って以来、パートナーシップ仏前奉告式(同性婚)を執り行うようになりました。最初に導入したときは戸惑ったこともありましたが、現在でも「建物自体が好きだった」「伝統的な仏式で式を挙げたかった」などの理由で問い合わせを多くいただきます。
なお、今年からは、LGBTQの方はもちろん、「どなたでもお気軽に入ってほしい」というメッセージを込めて、建物の入り口に、独自のレインボーマークを掲げる予定です。
Q 外国人の方にも門戸は開いているのでしょうか?
築地は明治時代に外国人居留地になったという土地柄です。英語法座も戦後から始まっており、歴史が長いのです。英語法座で仏教を学んでくださる外国人や日本人の方も増えていると思います。
境内、敷地内の言語の表示などに不十分な部分もありますが、築地本願寺には英語と中国語が堪能なシンガポール人の僧侶がいます。彼のおかげで改善されている部分も増えています。最近は、英語のみならず、中国語での対応や多国語で翻訳する機械の導入も進めています。今後、より世界各地の方々に築地本願寺を知っていただき、仏教、浄土真宗の教えに触れていただくためにも、多言語化を一層進めていければと思います。
Q 築地本願寺では、ダイバーシティ人材の活用は進んでいるのでしょうか?
従来は僧籍を持つ職員を中心に組織運営を行っていましたが、築地本願寺では、ビジネスからITまで、各ジャンルの専門家に組織運営に携わっていただいています。現在、勤務する職員のうち、4割くらいは外部の方です。
内向きで同質的な集団は、どうしても考えが偏ってしまうものです。私自身も含めた多くの僧侶たちは、お寺に生まれ、宗門の学校を卒業し、お寺で勤める……という環境で生まれ育っています。そのため、外部の方の知見を取り入れないと、周囲のことを何も知らない井の中の蛙になってしまうのではないかという危機感もあります。仏教、浄土真宗をひろめ伝えるためにも、築地本願寺自体が持続可能なお寺とならなければなりません。そのためにも多様性を積極的に取り入れていくことが大切だと、外部の人材の方々と触れ合うことでより一層感じるようになりました。
Q 伝統的な組織の中で、新しい意見を取り入れることに対して、抵抗感はありませんでしたか?
最初は、刺激的な意見に戸惑うことも多かったです。ただ、浄土真宗は歴史的にも他の意見を取り入れようとする先取の精神が根付いていると思います。たとえば、浄土真宗本願寺派では議会制が早期から取り入れられていて、1881(明治14)年の帝国議会の開設より10年ほど早く、日本初の選挙制による宗門運営の議会制度「集会(しゅうえ)(現在では宗会(しゅうかい))」も行われています。
また、築地本願寺自体が、こうしてお寺として生き残ることができたのは、時代と共にニーズに応え、社会的役割を担ってきたからだと思います。その象徴となるのが、1934(昭和9)年に再建された築地本願寺の本堂です。いまでも珍しいインド様式の建築に加えて、靴を脱がずに入れる上、誰でも気軽に座れる椅子席を設置した本堂は、「より多くの方に来ていただき、仏縁を結んでもらえるように」という想いに基づいて、作られたものだと思います。
また、先日、心を打たれたのが、追悼法要をお勤めしたある会社の企業理念にあった「多様性をただ認めるだけではなく、異なる価値観に共感し、かけあわさることで、いままでにない新しい発想やイノベーションを創出していきます」との言葉です。築地本願寺のようなお寺でこそ、ぜひこの考えを実践し、「ダイバーシティ・テンプル」をめざしたいと思いました。昨今は、社会の劇的な変化のスピードに追いつけていない部分もありますが、過去から受け継がれる築地本願寺の先進的な精神を忘れず、今後も社会で必要とされる場をつくれるように、努力していきたいと思います。
Q コロナ禍で、対面や移動が制限されるようになりました。こうした現状の中で、意識されていることはありますか?
「よろず僧談」も、以前は基本的には対面で実施していましたが、コロナ禍以降はオンラインでも行っています。そのほか、Zoomを使って法事を行う「オンライン法要(法事)」や、法話のYouTube配信なども行っています。
外出を控えたい高齢者の方をはじめ、多くの方に「このご時世に法要に参加できるとは思わなかった」と喜ばれています。もちろん「対面の方がいい」とおっしゃる方も少なくありませんが、制限があるなかで、より多くの方に満足していただけるように、創意工夫して、いまできることを精一杯やっていければと考えています。
Q 現在、築地本願寺のダイバーシティ施策の中で、一番課題意識を持って取り組んでいることはなんですか。
様々な取り組みのなかでも、現在一番大切にしているのが「受け手の喜び」です。
お寺とは、基本的には困った方や悩んでいる方がいらしたときにご相談を伺う存在です。極端に言えば「待つ」姿勢が強いため、つい我々僧侶も受け身になりがちです。しかし、今年2月、首都圏在住者を対象に行った築地本願寺についての意識調査では、「敷居が高くて気軽には入りづらい」「もっと僧侶たちに気楽に相談がしたい」という意見が多かったのです。この結果を受けて、「境内や建物が整備され開放されても、姿勢として持っているだけでは多くの方の心に寄り添うことはできないのだ」と我々も反省しました。「待つ姿勢」だけではなく、より多くの方にお寺の門戸を開くため、より気軽にお寺と接点を持ってもらうことが大事なのです。信頼され安心するお寺となり、多くの方に喜んでいただくにはどうしたらよいのかを、今後も職員とともに創意工夫をしていきたいと思います。