【松本智量のようこそ、仏教シネマへ】クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶモーレツ!オトナ帝国の逆襲

Welcome, to a Buddhist movie.
「仏教と関わりがある映画」や「深読みすれば仏教的な映画」などを〝仏教シネマ〟と称して取り上げていくコラムです。気軽にお読みください。

映画「クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶモーレツ!オトナ帝国の逆襲」
監督: 原恵一

 封切時、観に行った子どもよりも付き添いの大人たちに滂沱の涙を流させると話題になってから早20年。評価は1mmも下ることはなく、もはや普遍の傑作です。

 しんのすけの住む春日部に「20世紀博」というテーマパークがオープンします。昭和の町を忠実に再現した懐かしさに大人たちは魅せられ、現実の町を捨てて「20世紀博」の世界に暮らし始めてしまいます。残された子どもたちだけでは社会機能が麻痺。しんのすけは大人たちを引き戻すために奮闘します。

 「20世紀博」の主宰者・ケンの目的は世界征服ではありません。人びとの「幸せ」です。その手段として、貧しくても人びとが明日への希望を抱けていた「美しい」時代を再現したのです。しんのすけはそれを承諾できませんでした。自分たちの生活は造り物の世界に収まるほどちっぽけではないんだぞ、と。

 仏教では自分の世界に入り込んだままで安閑としている姿を「胎生」と表現し、否定的に捉えます。母親のお腹の中で何不自由なく、世界の中心にあると思い込んでいる状態ですが、それを親鸞聖人は「牢獄にいるのと同じ」とさえおっしゃいました。与えられるものを疑わず、自分の価値観や思惑や思い込みだけに従い、他を見ず、他の声を聞かず、何も問う事をしない様は、自分では幸せの只中にいるつもりでも、小さい世界の中で自由を奪われたことにも気付かないだけではないかというのです。

 閉ざされた世界で安心を求めるか、開かれている予想不可の世界を生きるか。どちらが正解ということはありません。が、あなたなら?

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