【法話】聞法(もんぼう)は心のワクチン

 新型コロナウイルスとは別に世間で流行しているのが、劇場版『鬼滅の刃』です。不要不急の外出を避け、密を敬遠するご時世にありながらも、各地の映画館で記録的動員を達成しているようです。漫画が原作で、子どもから大人まで幅広い層に支持されています。現代版の鬼退治物語のような作品とでも説明しておきましょう。

 さて、「鬼」は実在する生き物ではありませんが、昔から私たちの身近に語られてきました。ことわざや慣用句に多く登場します。「明日のことを言えば鬼が笑う」「鬼が出るか蛇が出るか」「鬼に金棒」「鬼の居ぬ間に洗濯」「心を鬼にする」「鬼の霍乱(かくらん)」……。また、昔話の『ももたろう』や『いっすんぼうし』にも悪役の代表格として描かれています。絵本には『ないた赤おに』などの名作がありますし、日本酒の「鬼ごろし」「鬼若」は名の知れた銘柄です。さらに、テレビ番組では『渡る世間は鬼ばかり』が息の長いドラマとして視聴されてきたせいで、「渡る世間に鬼は無し」という本来のことわざ(慣用句)よりも、ドラマの題名の方が強く定着してしまいました。節分になれば、恵方巻に主役の座を奪われそうになりながらも、定番の豆まきでは「鬼は外~福は内~」のかけ声も健在です。この場合の鬼は、災難や不幸といった不都合を鬼に例えて遠ざけているのですが、鬼は自分の「外」にいるものとの認識で間違いないと思います。

 しかし、最も厄介な鬼は、実は私自身の内側にひそんでいるのです。普段は穏やかな顔をしている人でも、怒りに狂えば鬼の形相になるものです。気分や機嫌が良好なときには、どこを探しても私の中に鬼の姿は見つかりませんが、いざ怒りの導火線に火が点けば、いなかったはずの鬼が顔を出し、途端に暴れ始めます。すると、自分でも抑えようのない状態に陥ってしまった経験はないでしょうか? 内なる鬼は、理性や知性では制御不能なのです。

 「アンガーマネジメント」をご存じでしょうか? 感情を適切にコントロールする方法論です。その一つに「6秒の法則」というものがあり、腹が立った場合に、6秒間さえ我慢できれば怒りは抑えられると教えています。しかし、そもそも衝動的に怒りが込み上げてきたときに、6秒も待てる冷静な人は、最初から我を忘れるほど怒り狂ったりはしないでしょうし、6秒間やり過ごしたぐらいで落ち着くのでしたら、そんなに大した怒りではなかったということでしょう。自分では制御不能な恐ろしい鬼を心の内側に同居させながら生きているのが人間なのです。冒頭の作品では、鬼を倒す刀が威力を発揮するのですが、私たちの中に住む鬼退治は容易ではありません。

 仏教語に「身意柔軟(しんいにゅうなん)」とあります。阿弥陀如来の光に照らされる者は、自然と身も心も和らげられるという意味です。聞法(もんぼう)は厄介な心の鬼退治へと導き、苦悩の日々をしなやかに生き抜く力を与えられる〝心のワクチン〟と言えるでしょう。

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