「人生100年時代」と言われますが、余生の長さに不安を感じます

「人生100年時代」と言われますが、余生の長さに不安を感じます。「第二の人生」などと盛り上げられても、年金だってあてにならず、働き続けるだけで精一杯。どうやったらモチベーションを持って、生きていけるのでしょう? (50代・女性)

モノクロ坊主
人生の「幅」や「深さ」に目を向け

仏教学者の金子大栄師は、「人生は長さじゃない 深さです 幅です」とおっしゃっています。と言っても、長生きを否定されているわけではありません。「幅」や「深さ」を持って生きるのが尊いのだと示してくださっているのです。
人生は、役に立つものだけで身の回りをぎっしり詰め込めばよいとはかぎりません。日本画の余白のように、一見何も用がないように見えるものが、人生の味わいを深めて、自分のこころを豊かにしてくれることもあります。それが人生の「幅」です。
また人生の「深さ」とは、自分のいのちの尊さを深く受け止めることをいいます。自分のいのちは、遠い祖先から受け継いでいるかけがえのないものであり、目に見える今この世だけではなく、目には見えない世界に支えられているのだと受け止められれば、人生に深まりが出てきます。
 人生は私たちの受け止めるこころによって、「幅」や「深さ」が変わります。人生の「長さ」以外に目を向けることで、モチベーションを持つことができるのではないでしょうか。

三日坊主
「第二の人生」は 本当にあるのでしょうか?

そもそもこれから「第二の人生」というものは現実にあるのでしょうか。この先首尾良く多くの退職金とともに定年を迎えたとして、ある日突然まったく新しいあなたが生まれるということはないはずです。会社員なら会社員というあなたの顔は人生のほんの一面で、結婚していれば妻、子どもがいればお母さん……。その中のひとつの物事に区切りがつくかも知れませんが、他のことは変わらないはずです。ではどうするか。それは、今まであなたが生きてきた人生にヒントがあるかも知れません。やり直しの効かない人生の場面で、その都度ベストな選択をするのは難しかったかも知れませんが、あなたは何とか切り抜けてきました。結局は、その継続を忙しくしている中で、往生する時が来るかも知れません。

A/S
大切なのは 「あぁ、よかった」の積み重ね

私の妻は癌を煩い、50歳で亡くなりました。医者にもほとんどかかったことはなく、まさに想定外でした。
亡くなる前に「もっとみんなと一緒にいたい」と泣きながら語った言葉が忘れられません。
それから7年が経ちますが、私は月日を重ねています。妻を亡くして思うのは日々恵まれた命の積み重ねが人生なのだということです。
これから重ねて行く日々は決して余生ではありません。「日々新たなり」という言葉があるように、新たに恵まれた今日に感謝していくことが、「あぁ、よかった」と思える人生を形作っていくのだと思います。

0

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。

CAPTCHA